JSEC2019 審査講評

総 評

 高校生科学技術チャレンジ(JSEC)は、高校生の自由な発想に基づく科学技術に関する自由研究のコンテストで、17回目となりました。最終審査で選ばれる研究課題は、国外でも十分に評価されるとの評判もあり、全国の高校生・高専生が世界を意識するコンテストとして定着してきました。JSEC2019には、全国から267件の応募があり、応募数では過去最高となりました。

 書類審査による予備審査と一次審査、ポスター発表による最終審査により、応募作品の一つ一つを厳正かつ慎重に評価しました。着眼点や独創性、研究への情熱や理解度、分析力や実証性、研究を展開する力など、幅広い角度から審査しました。新鮮な着想のもと、果敢にチャレンジし、持続的に深めた研究は、今後の伸びが十分に期待でき、審査員は高く評価しました。

 応募された科学技術研究は、身近な事柄への関心に始まるため、学校の授業科目への興味、居住地域の自然・社会環境や産業、趣味や体験に基づくものが大半でした。全国から集まる作品にはそれぞれに個性が感じられました。また、昨年に引き続き作品のレベルは年々と上がっているという印象でした。

 全応募作品の分野は、物理、化学、生物、数学、情報、工学・エンジニアリングなど多岐にわたりました。分野別でみると最終審査に進んだ32作品では、物理・エンジニアリング系、生物系、化学・材料系がほぼ同数でした。また、生物系とエンジニアリング、材料と物理系など、分野横断的な研究作品も多いと感じました。

  応募作品の課題レポートやポスター発表のプレゼンテーションの審査を通じ、高校生・高専生は地域の環境や産業、身近な自然現象や社会現象はもとより、環境やエネルギーなどの地球的な課題にも関心を寄せていることなどがよくわかりました。また、AIなど最近の科学技術にも関心を寄せ、そこからの知見を採り入れて、実験装置や研究方法を工夫して研究を進めている様子も伺えました。

 1年間の研究推進状況という点から見ますと、高校・高専教員の熱心な指導、大学や研究機関の協力、そして国の理数科自由研究への支援などにより、効率よくまとめられているものが多いという印象でした。また、中には、将来の日本の知的財産として十分に期待できる出来栄えのものもありました。

 ただし、コンテストという点から見ると、どのような興味や動機から研究をはじめ、どのように着眼して自発的に取り組み、その結果どこまで進めることができ、さらにその先にどんな夢があるかをアブストラクトやレポートでわかりやすく記述してもらうと、進めてきた研究のすばらしさが、審査委員により一層的確に伝わると感じられた作品も多くありました。このことは、最終審査でのポスター発表でも同様でした。

 高校生・高専生は研究成果については熱心に話すのですが、着眼した点や研究成果の先に何があるかなどについても、もう一歩よく考えて欲しいと思うことがありました。また、審査全般を通じて、科学コンテストのルールや科学倫理面への関心も持っていただきたいとも感じました。面白そうでインパクトのある研究成果であっても、ルールから外れていると、評価することはできないためです。

 最後に、来年も多くの高校生・高専生が科学とエンジニアリングに関係する研究で、自らの着眼点を見出し、アイデアをもって研究にチャレンジし、その成果をJSECに応募していただきたいと思います。

受賞研究の評価ポイント

文部科学大臣賞

「オカダンゴムシのフンに常在するブレビバクテリウム属菌による揮発性抗カビ効果~ダンゴムシ研究11年目で掴んだ産業的・学術的可能性」

 11年間にわたってダンゴムシの飼育を続け、フンの周りにカビが生えにくいことから、フンの中に抗カビ効果をあることをまず見つけ、その効果の実態が微生物であることを確かめ、さらに微生物の分類・分析を進め、バクテリアの特定種であることを同定した極めて評価の高い作品です。

 このような長期間、一人でダンゴムシを飼育・観察して新しい現象を見つけ、記録し、分析し判断しまとめることは、まさに科学の本質に迫っているといえ素晴らしいといえます。

 この1年間は、フンの中の微生物に着目して、抗カビ物質を産生しているバクテリアの分類・分析を分子生物学的手法で行い、「H4株」を単離しました。

 「H4株」は、揮発性の抗カビ物質を産生していることが分かり、揮発成分はメタンチオールなどを含むことも明らかにしています。また、「H4株」を分子遺伝学的手法で解析を進め、このバクテリアが放線菌の一種であることを明らかにしました。

 さらにこの「H4株」がダンゴムシのフンにもあることを証明しており、現在、生物学で重要なテーマである「生物とバクテリアの共生の仕組み」を解く一つのモデルにも発展する可能性をもっています。この面からも、非常に高く評価ができます。

科学技術政策担当大臣賞

「クレーターの直径は重力に支配されるか? ~重力可変装置を用いた衝突クレーター重力スケーリング則の実験的検証~」

 クレーターができるとき、隕石の衝突エネルギーとクレーターの直径および重力値には、ある関係式が成り立つことがわかっていました。特に、星の表面が砂の場合、クレーターの直径には衝突エネルギーと星表面の重力が影響します。しかし、これが実験的に調べられたことはほとんどなく、米国および日本で行われた2つの実験結果は、予想されていた関係式とはうまく合致しないものでした。だいたいの人は、そういった実験は難しいと考えて尻込みするのですが、本研究はそれに決着をつけようというもので、まずはこのチャレンジ精神に感心します。

 この研究が素晴らしいのは、クレーターが形成される際の重力値を変化させるために、まず自由落下装置を自作し、それをうまく操ることで、いろいろな条件でクレーターを形成している点です。

 ――と書くのは簡単ですが、自由落下している時間はたった0.5秒。この間にプラスチック球を砂面に打ち込んでクレーターを形成し、その際の写真をとるという一連の作業を完了させる必要があります。これを見事に成し遂げ、実験結果を出したというわけです。しかも、上述した関係式とおおよそ一致した結果となっていたのです。

 これは物理実験が極めてうまくいった例で、成果は科学技術政策担当大臣賞にふさわしいものでした。今後も実験精度を上げて検証を続けてほしい研究です。

科学技術振興機構賞

「歩行性甲虫(カブトムシ)の運動解析に基づく6足歩行ロボットの製作と制御)」

 サファリでの豪雨の中、四輪駆動自動車は転倒しそうになるものの、水牛は悠々と歩いていた――という自身の実体験が生物模倣型ロボットの研究に発展しました。自分の体重の30倍の重りを乗せても歩行の仕方に変化がないカブトムシの6足歩行を詳細に観察し、これまで昆虫の歩行のモデルとしてよく使われていた片側の3本の脚を同時に動かす「トライポッド歩容」ではなく、6本の脚を異なるタイミングで上手に動かす「カブトムシ歩容」の特徴を見出しました。

 さらに、カブトムシの腹側にある「力こぶ」のような構造がその力強い歩行を支えていることを発見した点に観察力の鋭さを感じました。6足歩行するロボットをCADや3Dプリンタを駆使して自作し、さらにその制御による「カブトムシ歩容」の実現、揺れの最適化や省エネルギー性の評価など、学術性の高さだけではなく実践的な側面もよく考慮した大変優れた研究です。車輪やキャタピラを用いたロボットよりも、安定性や力強さがあり、災害時のレスキューロボットとして期待されるとともに、未来型の乗り物としても人々に大きな夢を与える研究であると思います。

花王賞

「プラズマによる気流制御技術を用いた小型風力発電風車の製作」

 風力発電風車の翼にプラズマアクチュエータ(PA)を設置するという巧妙なアイデアで、風車の回転効率の低下原因である気流剥離を抑制し、発電量の増加を実現したのは素晴らしい成果です。プロ級の出来栄えに仕上がった自作の実験装置や、ひとつひとつ着実にステップを踏んでいく研究の進め方にも感心しました。PAが翼近傍にどのような気流を作り気流剥離を抑制したのか、メカニズム解明が進むとさらに一段の飛躍があるかもしれません。ぜひ実用化につなげてください。

JFEスチール賞

「省エネルギー水電解と鉄炭素電池を組み合わせた富栄養化防止システムの開発」

 茶粕の光還元効果を利用した低電圧電解による水素製造技術を足掛かりとして、湖沼や河川の水中に含まれるリン酸イオンと硝酸イオンの除去技術を確立し、両者を組み合わせて水質浄化システムの構築まで発展させたことは高く評価されます。実験室での段階的検証から実地での効果確認に至るまで、着想したアイデアを順次実証していくことは、科学技術を社会のために役立てるというエンジニアリングの根幹に通じます。環境問題の解決に向けた意欲も強く感じられ、高い目的意識を持った研究者としての取り組みは称賛に値します。チームワーク良くなされたプレゼンテーションの説明もわかりやすく、熱意の伝わるアピールでした。

栗田工業賞

「イネの吸水機構~植物が最も吸水できる時間とは~」

 植物の吸水について、日周の変動量計測と現象観察を行い、植物本来の吸水能力が最も発揮される時間帯とその機構を考察した研究です。試行錯誤を繰り返して自作した試験装置を使い、高度な分析手法を取り入れた多面的な検証結果に基づいた熱意のあるプレゼンテーションは非常に素晴らしいものでした。植物が根から水を取り込む際に重要な役割を果たしているタンパク質「アクアポリン」に着目し、この遺伝子の発現量と吸水の効率性、吸水量との関係性を解明した点は高い評価に値します。本研究を通して得た知識や課題解決力が、さらなる飛躍に繋がることを期待しています。

朝日新聞社賞

「温州みかん廃棄物の有効利用法」

 長崎県の温州みかんの廃棄物の成分をしっかりと調べて、同じ地元の産業である椎茸栽培、おこし製造に直接活用できる方法を考案しかつ実現した点に独創性と優位性があります。一石二鳥の効果が見込める素晴らしい研究で、研究された皆さんも楽しく取り組めたのではないでしょうか。椎茸については、市販できる椎茸をこれまでより短時間で成長させることに成功しました。最終審査会でのプレゼンの展示もわかりやすく工夫されており、審査委員から総じて高い評価を得ました。さらに研究や改良を続けて、地元の活性化につなげて欲しいと思います。

荏原製作所賞

「砂浜のきのこ『スナジホウライタケ』の病理学、分類学、生態学的再検討」

 過酷な環境である砂浜に生息するスナジホウライタケというきのこの生態について全国規模の調査を実施し、緻密な観察と考察を行うことによって、外的な刺激から身を守るために意図的に砂粒を柄に纏いながら成長することを発見し、表皮組織の形態を分類形質として用いることは適切でないという分類原則を提案するなど、独自の研究成果を達成したことを高く評価します。

 さらに、長年に渡って1つのテーマを追求して研究成果を積み上げる根気と熱意、全国の研究者とネットワークを築く実行力にも感銘を受けました。これは荏原製作所の創業の精神である「熱と誠」に通じる姿勢であり、社賞にふさわしい研究だと判断いたしました。

竹中工務店賞

「2つのAIを用いた打音による検査システムの開発」

 建築物の性能や状態を確認するための打音検査については、目視ではなかなかできない基礎杭の健全性評価等に用いられています。その評価方法にAI技術を導入するということは、竹中工務店が進めている作業所管理のデジタル化/AI/ロボット導入の施策にも合致しており、社賞にふさわしいと判断いたしました。

阪急交通社賞

「拡張されたSoddyの六球連鎖における半径の逆数和の性質」

 2017年に先輩が受賞した研究を発展させ、プログラムを改良して実験した結果、新しい性質が見つかり一般化への数学的な証明をできています。数学理論に、上手くプログラミングを融合させて探究しており感心します。

 解が見つかるであろうと予測し、実際に結果を出したことは非常に素晴らしいことです。数学的な結果をもとに、分子構造など、自然界にある構造のようなものと結びつけられれば、さらに有意義になるでしょう。

テレビ朝日特別奨励賞

「超音波を用いた非接触型触覚提示装置」

 本研究は、近年注目されている映像技術「VR」や「AR」によって見えている仮想物体に手を伸ばした時、物体に触れたかのような感触を得られれば、その応用性が広がるのではという発想からスタートしたものです。その実現のために、既存の手袋型のようなアプローチではなく、「超音波」に着目して、その出力の変調によって何も装置などを身に着けることなく非接触で触覚を再現したチャレンジ精神を評価しています。

 またテレビ局の立場からも「VR」、「AR」は最大の注目テーマの一つでもあり、その将来的な可能性を感じる本研究は称賛に値します。今後、研究を深めることで精度を上げ、様々な他分野への応用も期待しています。

花王特別奨励賞

「屈折率の研究3 Zゾーンの全容解明と屈折率アプリによる糖度の可視化」

 透明半球容器に満たした媒質の表面外縁に、白く色づく光の帯(Zゾーン)が現れる現象を発見し、さらにそれは均一ではなく、全反射回数に応じた薄い複数の層が重なってできた明線を伴っていることを実験とシミュレーションで明らかにしたのは見事です。またZゾーンの幅が媒質の屈折率に依存することを利用して、簡便な屈折率測定アプリを開発した着想は斬新でまさにスマホ時代を象徴しています。アプリは飲料、調味料などの濃度測定にも応用できそうで健康管理分野での発展が楽しみです。

「スナヤツメ(Lethenteron.sp)のアンモシーテス幼生に見られるLipSway行動」

 スナヤツメのアンモシーテス幼生が胴体を全く動かさずに泥に潜り込む様子を見て今回の発見につなげた観察眼に感心しました。Lip Swayという命名も、唇を左右に変形させながら泥中を進む様子がありありと浮かんで、ぴったりです。論文もとても読みやすくまとめられています。スナヤツメがLip swayする理由(有利性)について、他の円口類との比較や至適生存場所との関係等から考察が加えられれば進化的側面からも更に興味深い研究になるでしょう

審査委員奨励賞

「カラメル化に必要な構造を同定する」

 糖を加熱すると茶色のカラメルが生成しますが、その反応経路については不明な点が多々ありました。この研究では、さまざまな単糖類を加熱して、カラメル化の起こりやすさを調べています。カラメル化は糖の還元力とは関係がなく、脱水しやすさと関係しています。生成物の薄層クロマトグラフィーとそのスペクトルから、共通してまず5-ヒドロキシメチルフルフラールが生じ、それ以降は共通の経路をたどって褐色の高分子になることが分かりました。したがって糖の3位以降の構造とは関係なく、2位にヒドロキシカルボニル基をもつケトース、1位にアルデヒド基をもつアルドースの順にカルメル化が起こりやすく、糖アルコールではカラメル化は起こらないということが明らかとなりました。

 これまでの自分自身と先輩の研究の蓄積の上に立って、薄層クロマトグラフィーとスペクトルを使うことによって共通する中間生成物をはっきり特定した点が高く評価できます。途中の思考過程の紆余曲折も興味深く、化学の本道に立った最終的結論の明瞭さと相まって優れた研究となりました。

「ワニ類2型における四肢骨からの全長推定~化石種の全長推定をめざして~」

 中生代の爬虫類のうち、ヒトのように四肢が体幹から下方に垂直に伸びている、すなわち直立歩行している恐竜だけが絶滅して、ワニのように横に四肢が張っているものは絶滅していません。恐竜の絶滅の原因を、絶滅しなかったワニの化石の研究から逆に探ることができるかもしれないのです。本研究は、恐竜への興味から導かれたに違いありません。

 しかし本研究では、そんなことは微塵も語っていません。まず、現生のワニで全長を確認できる個体の四肢骨を丁寧に計測することから研究は出発します。そして、四肢骨と全体長との相関を探ります。1番相関の高いのは四肢骨のどの部位かが問題になります。そして、もともと資料や計測データの少ない化石に応用してみます。いくつかの骨部位の計測を総合するという方法で、過去のワニの体長の復元の確度を高めています。現生のワニ類には2型があることを指摘できたが、これを化石に応用するのはまだ難しい段階です。研究というのは、地味だけれど、確実な資料を積み上げていくことにあることを実際に示した研究といえるでしょう。

「ピザの定理の正N角形への拡張 ―内部2N角形と外部の対称性を用いた証明ー」

 「ピザの定理」とは、円形のピザを多数の小片に切り分け、その小片を均等に2人に分けることができる切り方の条件を記述した定理です。日常生活においては、無意識のうちに食べ物の「均等割」を考えます。円形ピザの小片に切り分けでは、みんなに均等に小片がいきわたるように、対称性の高い切り方を心がけることでしょう。

 では、日常生活で思いつく切り方だけが均等分割を保証するのでしょうか。回転する刃先のついたピザカッターで、一気にピザを複数の小片に切り分けることは、 複数の(両方に無限に続く)直線で円を分割する操作であることから、円の複数の直線による均等分について成り立つ性質を「ピサの定理」と呼びます。普段は気に留めないことでも、数学的に定義すると、問題が解ける条件(ピザの形状)、解き方(カッターの引き方)、カッターの種類(直線)の組み合わせが研究の対象になります。 

 さて、課題に戻りましょう「ピザの定理」はすでに知られています。円の直線による複数領域への切り分けに関して、次に数学の問題として何ができるでしょうか。「ピザの定理」の示す円と直線の性質を計算機によって図化することを考えてみましょう。計算機は離散的なデータを取り扱うことが得意です。そこで、円を離散的なデータで表現すると正多角形になります。このような問題の取扱いを離散化と呼びます。

 課題は、まさしく「ピザの定理」を離散化した問題を取り扱っています。そして、均等な小片への切り分けが可能な正多角形の辺の数に関する性質と、切り分けができる条件を証明しています。旧来の数学でよく知られた問題でも、離散化すると新しい性質や、従来と全く異なる性質が発見されることがあります。この課題は、離散化の立場を通して「ピザの定理」を再検討した点が高く評価されました。

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